ホルヘ・ミム〜ラの「ラテンの魂」

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zoom RSS 第30回 ホルへ憧れの大阪万博から35年、万国博覧会の現実を知る

<<   作成日時 : 2009/12/07 12:18   >>

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日本では愛・地球博が開幕し、会場は連日盛況のようだ。
万博といえば、70年に開催され大成功を収めた大阪万博を思い出す。その時、ホルへは9歳の小学生だった。万博とは何のことかよく分からなかったが、とにかく世間は万博一色で大騒ぎしており、是非行ってみたいと思っていた。

結局、その希望はかなわなかったが、テレビなどで情報をみては、「万国博覧会はスゴイ」と興奮したものだ。なにしろ世界各国のパビリオンが立ち並び、外国美人のコンパニオンが笑顔を振りまいている。当時はまだ街中に外国人が少なかったので、それだけでも新鮮な驚きだった。そして三波春夫大先生が歌う、「こんにちは〜こんにちは〜世界の国から〜」のテーマ曲を耳にする。こうなると、万博というのはものすごくインターナショナルなものだと思い込んでも不思議はない。

ホルへも、東京オリンピックに続き大阪万博に世界中が注目していると思ったものだ。そしてその思いはずーっと続いていた。つい、1週間前まで。

しかし3月中旬にアルゼンチンに着くと、愛知万博のことを一般の人はまったくといっていいほど知らないことに驚いた。アルゼンチン人はもちろんのこと、日系人までがそうなのだ。

世界各地に移任した沖縄出身者による商工会であるWUB(ワールドワイド・ウチナンチュー・ビジネス・アソシエーション)の大会が、4月に大阪で開かれ、アルゼンチンから約15人が参加するという。一世の移住者は自宅のテレビでNHKの海外向け放送を見ているので、地球博のことは当然知っており、「この機会にぜひ行ってくる」と楽しみにしている。

しかし日本語の分からない二世になると、万博の情報は何ももっていない。そんなものが日本で開催されていることすら知らないのだ。要するに、アルゼンチンの一般のニュースでは、万博の情報はまるで流されていないということだ。

「愛知万博、いや、日本もなめられたものだ」と一瞬憤慨したが、考えてみればそれも当然のことなのだ。
70年の大阪万博から05年の愛知万博までの35年間、何年かごとに世界のどこかで万博は開催されていたはずだ。オリンピックなら96年アトランタ、2000年シドニー、2004年アテネ、ワールドカップなら94年アメリカ、98年フランス、2002年韓日というように。

そしてそれぞれの開催地が、「愛・地球博」と同じくネーミングやテーマを決め、「ベルリン・壁博」、「ローマ・休日博」、「上海・カニ博」、「サハラ・砂博(さばく)」などが盛大に行われていたのかもしれない。しかし、我々は何も知らない。海外の万博のことなどほとんど報道されなかったからだ。

オリンピックやワールドカップは日本が出ていない試合までテレビ放映され観戦ツアーもバンバン出るが、海外の万博見学ツアーなどは見たことがない。要するに、万博というのは開催国だけのお祭りたったのだ。

10歳のホルへが感動した「世界の万博」は、35年後の今、虚構であったことが判明した。ヌカ喜びならぬヌカ感動である。まあ、ホルヘ少年がそれだけ純粋だったってことか。今はすっかり汚れちゃったけど。


(2005年5月)

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